東京高等裁判所 昭和25年(う)3892号 判決 1950年11月24日
控訴人 被告人 朴テーグイ
弁護人 田中泰岩
検察官 中条義英関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審の未決拘留日数中三十日を原判決の本刑に算入する。
当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣旨は末尾添附の被告人名義並びに弁護人田中泰岩名義の各控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対する判断は次の様である。
弁護人の論旨について、
原判決の事実理由によると、判示の様に被告人に窃取せられた自転車所有者は高瀬与三郎であり、同証拠理由によると右の所有者は高瀬定男であることは洵に所論の通りである。従つて右の事実と証拠との間には右所有者について具体的にくいちがいのあることは明白である。しかし、窃盗罪は犯人が他人の占有にかかる他人の所有物を窃取することによつて成立するから、判決の理由にその構成要件たる事実を説示するには被告人が他人の占有にかかる他人の所有物を窃取したことを明かにすれば足り、右の所有者についての証拠理由としては該所有者が被告人から謂つて他人であることを説示しておれば足るのである。而して右高瀬与三郎及び高瀬定男が被告人からみて他人であることは原判文自体で明白である。果して然らば原判決の理由はその事実及び証拠の両面において法律上敢て足らざるところがないばかりでなく、その間に法定構成要件上のくいちがいを存しない。従つて原判決の理由には結局所論のくいちがいがないこととなる。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 尾後貫荘太郎)
弁護人控訴趣意
第一点原判決には理由のくいちがいがあるから刑事訴訟法第三百七十八条により破棄せらるべきものである。原判決は認定「事実」として「起訴状記載の事実を引用する」とし起訴状の記載にある通り「被告人は昭和二十五年六月二十九日頃宇都宮市花房町九二七番地高瀬与三郎方に於て同人所有中古自転車壱台を窃取した」と言うことになる訳である。即ち判示事実は被告人は同人(高瀬与三郎)の所有する自転車を窃取したという訳であつて他の何人の自転車を盗んだものでもない事になるのである。而して原判決は証拠とし「高瀬定男」の被害届「高瀬定男の検察官に対する第一回供述調書」「高瀬定男の原審第二回公判に於ける証言」を列挙して居るのである。処が此等原判決列挙の証拠によつて明らかな様に本件自転車は高瀬定男の所有物であつて、高瀬与三郎の所有物ではないのである。即ち右「被害届」が高瀬定男の作成にかゝれるものであること右「被害届」には「被害品の特徴」として「泥除に花房町九二七高瀬定男と白イナメルで記名してある」との記載のあること(記録二十六丁)「高瀬定男の検察官に対する第一回供述調書」には「私のものであります」との記載ある事(記録二十七丁裏)原審第二回公判に於ける高瀬定男の証言中「自分が被害を受けた」趣旨の供述の記載ある事(記録六十一丁)等によつて本件自転車が高瀬定男の所有物である事は極めて明瞭であり、而も本件自転車が高瀬与三郎の所有物であるとの証拠は原審記録中一もないのである。原判決はこの極めて明らかな事実を看過し慢然起訴状の記載を引用して高瀬与三郎の所有物を窃取したとして居るものであつて、その理由に明らかなるくいちがいを存するものである。
(その他の控訴趣意は省略する。)